2025年2月1日(土)、2日(日)
妹・尾山彩とともに

姉妹で行うパターンは珍しい
というかソルライツでは初めてのケースだ
そんな妹のことを少し私の目線から紹介したい
◇
私の妹
私が小学2年生の時に産まれてきた
それまでは私には年子の弟が一人
妹ができたのが、とても嬉しかった
小さい時の妹は本当に可愛かった
おっとりとしていて
静かにひとり遊びするのが好きだった
足は遅かったし、手先は不器用だったけれど
幼稚園の頃には私が教える倒立ブリッジや計算、読み書きを上手くこなしていた
習い事も私や弟のやってきたものを真似して
中学校の部活も私がやっていた新体操部に入り
高校も同じ高校に進学
でも大学から彼女は私から離れて行った
というか、家から離れて行った
父の仕事の関係で
収入が殆どなかった当時
私と弟は大学は地元の国立大学へ行った
私と弟が仕事を始めた後
家全体での安定収入ができて
妹は外の大学に行く選択をすることができた
スーパー賢いではないけれども
ソコソコ賢い妹は一橋大学という選択をした
そして、そのまま東京で就職をした
大学でも
就職先でも
妹は自分より賢い、負けるなぁと思わされる人たちと接しては
自分の特性を模索することに努めていたようだった
私は離れた場所でそれを見守っていた
妹は女性アイドルにはまり
日本語ラップを嗜み
小室哲哉の物まねをカラオケでリモコンを使いながらする「リモコムロ」となり
私の知らないハウツー本などを読んで、資産運用など色々と試してみる
なんだかそこら辺にいる年ごろの女性とは違う感じの女性に変容していった

そんな中、父が余命宣告を受けた
個人が抱えるのは大きなめの5億円弱借金のある事業を経営していた
借金を細々と返すためだけの事業となっていた
公務員だった私は
家族協議の上、妹に帰ってきてもらい
彼女に父の会社の取締役になってもらい
父の闘病中、そして死後のゴタゴタを
銀行とのやり取りなどは私が中心で
会社の事務整理的なことは妹が中心で
母も含めて三人四脚で乗越えた
この時の妹との共同作業は私たちの絆を強くしたように思う
単なる姉妹ではない
共同経営者
同じ困難を乗り越えた戦友
その後
大きな重荷を降ろした私は40歳を超えて結婚と出産をした
父のイイ加減さをみていて結婚についてはあまり肯定的ではなかった妹だったが
私の様子をみた妹は
「結婚、出産も悪くない」
と思い、その方向に一氣に舵を切った
狙いを定めると、やり遂げる、というか、やらずには済ませれないというのが妹の特質
結婚は私より少し早い30代の終わり掛けだったが、出産はほぼ同じくらいの年齢
だから私の子と妹の子は私と妹の年の差だけ、年の差がある

そして、この妹の出産が彼女を次の道に進ませる
出産時にトラブルがあった妹
骨盤部の痛みに苦しんでいた
出産後2日目だったか、お見舞いに行った私が施術をしたら
夜に骨盤が動いて、とても楽になった

その経験から、妹はオステオパシーを学ぶことを決めた
因みに私はご縁があって子どもが3歳の時からオステオパシーを学び始め
子どもが小学生に上がるタイミングで公務員を辞め、プロの施術家になっていた
そして、プロの施術家3年目でソルライツエネルギーに出会う
出産後、しばらくして妹は三重県に行った
夫や夫の両親との関係は良かったが
そこでは仕事や友人関係に悩み
そして趣味と離れて行ってしまったこともあり
妹は少しずつ鬱っぽくなっていった
そんな妹にソルライツのゲートオープンを勧めたのは私
そして、妹の鬱っぽい感じは、今は全くなくなっていて元氣過ぎるくらい
そのことは妹がFacebookに書いているのでちょっとリンクを貼っておく
ソルライツは妹の特質を、妹らしさを取り戻させるキッカケとなったように思う
更に、最近では私に一緒にYouTubeをしようと持ち掛けてきて
を作ってしまった
私だけだったら考えつかない
私はお喋り相手をしているだけ
◇
私は妹が大好きだ
そして多分
妹は私以上に私が好きなのかもしれない

私と妹の好きは違うかもだけれど
私は妹の特質を愛している
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